昭和40年4月?日 夜の御理解 テープ№40-049A面-2
入力 広崎克一
今日は久し振りで久留米の櫛原の教会にお引き寄せ頂きました、手続きの教会11ヶ所の教会が集まりまして総代の連合会の総代会が今日発会したんです、まつかげ会と 「松」のおかげの蔭でなくて日を書いた「影」松影会という会が発足した訳です。
「お取次を頂いて、総代としての自覚に立ち各教会の総代会の結束に努めます」といったような事を今年の目指すスローガンとして信心を進めて行こうと、様々な議事が進行して、それから教会の代表の方達が挨拶、そして感話、・・?の先生方の臨時・・・・・・?東松原の先生、東久留米の先生と三人で御座いました、先生方三人のご挨拶や最後に東わきの教話を頂いて、それからささやかでしたけれども、祝宴が張られました。
私もその半ばで帰らせていただいたんですけど、ああして時にでもやらせて頂きますと本当に今んとこはしばし、久留米の初代のお徳を偲ぶことが出来ます、本当にありがたい、残っておる、お徳が未だ生き生きとしてそれが残っておる、そんなものを実感いたします。
私はあちらに少し、丁度杉山さんがお参りしてみえて、帰りの車に便乗さしてもらった、送って参りました、杉山さんも一緒にきてくれまして、「杉山さんよーと見ておってくれや、久留米の初代の一番全盛の時代、隆々たる御徳の輝いていた時代にできたお広前、椛目のご造営もあることだし、隅々見せて貰いなさい、」というて見せて貰ったんです。本当に有りがたいことたと思うんですが、 それからご祈念をさして頂いてから今日あった事をお礼申さして頂いておりましたら、霊神様の上に親先生のご晩年の装束姿が霊舎の上に掲げてて御座います、ご装束を着けられた、そのですねその石橋先生のお写真にある、小さい小さい、丁度大里様ですね三五の節句に飾ります、これ位ばっかりのお雛様網の目の姿で小さくなられる処を頂くんですね、石橋先生の信心と云やあ、もう本当に美しさ深さ広さ、出すぎもせん、引っ込みすぎもせんと、石橋先生こそ真の人でしょうなあ」と亡くなられました三代金光様がそういう言葉をもって褒め称えられた石橋先生のご信心の豊かさ、美しさ、大きさというようなものがです、じゃなくてからこんなに小さくようやく・・・・・?のお装束姿を私拝まして頂いて、「あいすまんことだなあ」と私は実は心の中で思うた事で御座います。
私共が本当に石橋先生の信心を本当に頂いて、まつかげ会という、普通おかげの「蔭」という字は「太陽の光にここにこう出来る「かげ」をその、松影会の影は実体があって実体に映る時の「かげ」そういう意味でこの影を使われたという印象の謂れを説明されましたけれども。
本当の石橋先生の信心がもし一丈のものならば、ここに一丈の影が表われなければならない、ところが一丈の影が一寸ぐらいになっておるという事です、いうなら、おかげの門においては全然その面影がなくなっておるという感じです。
だからこそ、例えば総代会の発足ともなり、本気で信心を頂こうといったような意欲的な会にもなってきたのでしょうけれどもです、私は、いうなら、総代の周囲であり、始めてあーゆう会合に出さしていただいたのでございますから、ゆうなら、末席を汚したようなございますけど、次々立って話される話を聞かせて頂いてから、もし私が立って「話すならどういう事を話すしょう」と自分で思ってみたんです。
又どういうようなあり方にならして頂いたら石橋先生がお喜び下さるだろうか」と思うてみたんです。
私は思うですね、私は親教会の事を一生懸命思いよる自分の教会のことは思いよる」と云う先生方も信者も有ります、明けても暮れても手がい状態の事ばっかりとある先生方もあります、信者もあります。
思うんなら、本当に思うんならば、自分の教会に、自分の上にです、神様が私のことを思うておって下さらなければならないのですよ、実を云うと。「私は親教会に尽くしておる」と云うならです
状況を作るんじゃないけれども、神様は家のことを充分おかげを下さらなれれば、例えば私の例を取っていうならば私は親教会の50年の記念祭を迎えさせて頂きました時、もう私の心の中には親教会の百年祭のことをしきりに 私の心一杯に広がっておりました、
当時その話をすると馬鹿なように人が云いましたけど、私の実感でございました、私が93になる時が善導寺の教会の百年祭になるのです、もちろん百年祭のことを考えているのですから九十年祭のこと八十年祭の事、七十年祭のこと来年迎える六〇年祭のことはゆうに更なりであります、思うてないはずがありません。
そういう例えば私が思うているとするならば、本当に神様が受けて下さるならば、今度のこと神様がその思いで思うて下さるはずがありません、石橋先生が教えられました「私どもが一握りこれだけじゃけれども、神様の一握りと云うたらどれだけあるか分らん」と仰った。
私共一握りのことを親教会に対して思い置くことならば、神様の思いというものはどれだけあるか分らんという神の一握りが現れておらなければウソなんです。
もし、現れていないとするならばわたしが親教会を思うて私がさして頂くというても、これは私の思いが未だ不純なものがあると悟らして頂いて、いよいよ自分を深めていかなければいけないという事。
ここの初代はある会合の折りにお神酒が出た、満座の当時の先生方当時のキラ星のような先生方が並んでおられる時に、桂先生が石橋先生に向かって仰った、それは本当にエゲツナイ、いうならば、酷な先生に対してのお言葉であった。
「石橋さんあんたの処はこうこうじゃなあー」と仰った、それこそ顔色変えて腹の立つような事を仰ったけれども、石橋先生は顔色ひとつ変えずに「親先生おかげで信心が出来ます」と仰った。
今の私共の、ゆわば、組・?関係の信心の中に、それが欠けているのではなかろうかー「おかげで信心ができます」という事。
個人の難儀、教会の難儀、教会的難儀、例えば総代ともなれば、その教会的難儀に取り込む処がない、その教会的難儀です、難儀を難儀として自分の不信というものが「これは未だ信心が足らんから、これは未だ私の思いが足らんからだ、未だ思いが不純なものであるからだ」と悟らして頂いて、その不純な思いをいよいよ「純」なものに、「美しい清らか」なものに「迫力」のあるものにさして頂く為にいよいよ自分という者を掘り下げさせて頂かなければならない。
信心をさせて頂いて、例えば本気で例えば親教会のことを総代が思う、私が五十年祭に九十年祭のことを一生懸命考えておった、私は、とにかく、大変な感激を受けた。
思うただけでも神様は喜びを送って下さるのに、真実、その送ってくださる喜びがです、私は総代として御用になっていかなければならないのであり、そうさしてもらわなければ居られんということになって来なければならないのであり、何と云っても総代は先ず教会長夫妻の信任を受ける以外にない、それがそのまま金光大神のご信任であり、惹いては天地の親神様のご信用という事に繋がっておるもんでなければ総代としてのご用は出来ん。
先ず教会長先生の御信用を受けなければならん、「やあ、うちのあの総代に任しとけば大丈夫」と云われるような、ゆわば、総代にならなければならない。
それとても、少しばっかり御用が出来る、お供えが出来るから信用されるのじゃない、そろそろ、信心を親教会長先生から信じられる私共であり総代にならなければならない、じゃなかったら本当の総代の御用は出来ない。
私がもし、今日、私に今日のことで一つ話せともし言われるならば、こういう事を云ったであろう、と自分の心に描いてみたのです。
これはどうぞ、今晩の御理解の代わりに頂いて下さい、私の今日の会で思うたこと、そのことを皆さんの心の上に頂かれて、私も本当に明けても暮れても、今度ご造営ならご造営のことを思い続けて本当に「純」のもので思えば思うただけでも神様は感激を与えて下さいます。
その感激とその喜びを持って、ご造営ならご造営のことに当たらして頂こう、その喜びに付いてくるおかげを持ってそれぞれ立場においてご用さして頂くと言うことになった時、はじめて私は本当なおかげが頂けるのだ」という風に感ずるのです、。
とにかく総代としてのご用、ご用 総代としてのご用はこうしにゃならん、ああしにゃならんと例えば教えられた処で、そうしたところで、おかげを頂けるものではない、いろいろ例えば、運命の難儀、教会的難儀というものを自分のこととして、私はあれこれと思わして頂いておって、こりゃ私のおこがましい考え方だと思いますけども今朝ほどから頂きます御理解を思い合してから感じたたのです。
こりゃ私は久留米的難儀です、今日の総代会、11ヶ所の教会をもって、久留米のお広前を中心にして会が結成された、別に役を一つ頂いている訳ではないのですけれども、その内容にあるもの、よう教会的な難儀じゃなくて、久留米11ヶ所的難儀ひいて云うならば久留米の出社関係全体に起きる処の難儀、そういう難儀を私は本当にもう自分一人の信心の上にでもひっからわせて頂く、誰も気がつかない誰も知らないこと。
今朝ご神前に出らして頂いたら、大黒様がその袋を担いでろうと、大きな袋に持ち返る処をいただいたんです、あの因幡の白兎に出てみえる処の大黒さんなんです、いうならば、お兄様方の荷物を背中に一杯担いでおれれる大黒様なのです、いうならば、私の先輩お兄様方ばっかり、先輩の総代さん、先輩の先生方。
それは云うならば雰囲気ですら出らない事でしょうけれども、…?身であるところの石橋先生の信心をです、私共の小さいきまり、たとえば、いろいろ規則なんか出来ておる訳なんですけれども、そういうようなものに縛って石橋先生のこういう限りのない美しい大きな豊かな信心を小さい玉くじゃにも置かれるようなお姫様のような信心に小まくしていることはなかろうか。
石橋先生の信心の、いわば、内容を頂けばです、お取次を頂いて道の教えを元にして総代としてのご用に立たせて頂くということはいよいよ私共は道を道たらしめる、それはいよいよ教えを本気で行じること以外にはないのである、そして神様の下さる処の喜び、その喜びを持ってそれぞれの御用に携わらして頂くという御用その為にはモチッと、私は豊かな大きなものでなからなければならんのではなかろうかとそういう風に私は感じた、ここん処はもう言葉で表現できませんです。
もしお兄様方のむし荷物がもし、これまで難儀があるならばその難儀を私は一人にでも担がせていただいておかげを頂こう、そしてあの白兎の救済に本気で勤めさせて頂こう、おかげで荷物を持たせたおかげで力ができた、その力を持って多くの難儀な氏子を取次助けられる力にもさして頂きたいとのことを私はこう思う、これは私自身が思うてみたんです。
一番肝心要なポイントになる処、信心はその一番ポイントになるところが大事、教会として例えば信者としてのご用、信奉者としての在り方信心が先ず確立されて その信心に頂く処の信心の感動喜びそういうものが神さんに喜んで頂く御用になってくる時です、いよいよ有り難いことになってくるのじゃないか、今日私松栄会に出席させて頂いてしかも本当の意味で末席を汚さして頂いてからそんな思いで一杯でございました。
帰りまして疲れておる、昨日車で送って頂いたのですから、疲れたはずはないのに実に疲れておる、そして又はッはあー今日は私のそういう風に一生懸命思うたそのことが、はあー今日は信心の例えば思い、久留米的難儀といったようなものを、私ひょっとすると私が担いでおったような処からこの五体がキツイじゃなかろうかとまで考えた、キツイ程に通わせて頂く
お願いして頂くということがです、神様に通わないはずがない、又自分の力を認めないはずはないと私は確信するのです。 (終)